神戸・健康お茶け日記

 
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    ニッコウキスゲの後はキレンゲショウマ
    7月 28日 (金)

    今日は朝から木版画刷りの1日でした。汗

    お土産用に美濃和紙のハガキに刷っています。








    | - | 16:13 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |
    こういう、細かな作業をされているのですね!
    すごいですね(パチパチ♪♪)
    歌川 豊国の浮世絵も版画ですが、木版画なのかな〜?
    調べてみます。
    | chieko | 2006/07/30 12:06 AM |
    >chiekoさん
    調べてみました。

    歌川豊国(1725〜1770)
    写楽や北斎と同世代のため、現代では影が薄くなってしまっているが、たぶん江戸時代当時では一番人気があったであろう役者絵師。
    本姓は倉橋、名は熊吉。江戸の芝神明に住む人形師五郎兵衛の息子として生まれる。歌川派の開祖、歌川豊春に弟子入りして豊国の号を用いるようになる。

    デビュー作は1778(天明8)年、黄表紙「苦者楽元〆」の挿絵。1794(寛政6)年に描いた「役者舞台之姿絵」が和泉屋市兵衛から発行され、26歳の若さで一躍人気絵師となる。寛政年間より独自のスタイルの美人画も描き始める。

    時代が求めるものを見極める目があったのだろう。大衆の望むとおりの作品を手がけ、常に人気を保ち続けた。豊国が挿絵を描くかどうかで、作者に関係なく本の売り上げが変わるので、無理をしてでも豊国に挿絵を頼む版元が後を絶たなかった。門人を希望する者も多く、最盛時には40人を越す弟子がいた。あの広重も入門を希望したが断られている。

    幕末の浮世絵師のほとんどが歌川派であったのは彼の功績である。歌麿や北斎などの他の人気絵師たちの弟子がほとんど無名であるのに対して豊国の系譜は明治まで続いていることから、人を教育する面においても優秀な人であったのだろう。

    日本の浮世絵は木版画です。


    | fukusyo | 2006/07/31 11:34 AM |
     ↑
    ありがとうございます。
    これは保存版ですね!
    名前を拝借してる者として覚えておかなければ!
    | chieko | 2006/07/31 3:36 PM |









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